2023年9月、株式会社ビズリーチは「立場や利害を越えて成功させる、真の採用活動とは」と題したWebセミナーを開催しました。さまざまな企業への調査・コンサルティング実績を持つ株式会社ビジネスリサーチラボの伊達洋駆氏より、共創型の採用を模索する方法についてお話しいただきました。
株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役/伊達 洋駆 氏 神戸大学大学院経営学研究科博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著:日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。 |
採用観の転換:合致型から共創型へ
今回のセミナーでは、学術的な視点とこれまでの企業への調査・コンサルティング経験より、現在の採用に対する私なりの問題意識と、それに対する新たな採用観を提案したいと考えています。
まずは、足元の労働市場の現状を確認していきましょう。売り手市場が続くなか、職種によっては人材不足が非常に厳しい状況となっています。また労働力人口そのものを増やしていくことも難しく、売り手市場の傾向はこれからも拍車がかかっていくでしょう。
加えて、採用プロセスにも課題があると考えています。その主要な課題の一つに、「求職者が入社後のイメージを十分に高め切れない」ことが挙げられます。転職活動には活動歴が20年以上などというベテランはおらず、また短い時間で新たな仕事や企業を探さなければなりません。求職者が入社後の姿を完全に理解できないまま転職することで「入社前に思っていた職場・業務と違う」というリアリティショックが発生し、結果、早期離職にいたるケースもあります。
厳しさを増す労働市場という難しい局面において、同時に課題を抱える採用プロセスを改善するには、採用そのものに対する考え方を改める必要があります。
そこで私が提案したいのが、採用の「合致型」から「共創型」へのアップデートです。
そもそも採用における「合致型」とは、どういうものなのでしょう。
採用の世界では「マッチング」という言葉を当たり前に耳にしますが、まず疑問を投げかけたいのは「『マッチング』という言葉は果たして適切なのか」ということです。
マッチングに基づく採用観はパズルのようにとらえられるでしょう。採用をする企業は「求職者のピースがうまく自社のパズルに当てはまるか」を考え、求職者は「どの企業のパズルに自分というピースが当てはまるか」という発想でとらえていくことになります。
このよう採用観に基づいていると、企業は「求職者のピースを知りたい」と考えると同時に、「自社があなたにとって良いパズルですよ」「当てはまると活躍できるし、やりがいがありますよ」と伝えたくなります。求職者もまた、「企業のパズルの形を知りたい」と考え、「自分が良いピースであることを伝えたい」「自分というピースを使えばパズルの質が高まります」と伝えたくなります。
そうなると、企業・求職者双方ともに自らの良い部分をアピールする必要が出てきます。しかし、同時に「相手のことを知りたい」とも思っているため、「自分の実態はなかなか見せないけれど、相手の実態は知りたい」という難しい状況に陥ります。ピースを当てはめてパズルをつくる合致型の採用では、企業と求職者がお互いを攻略し合う関係になりやすいという課題が出てくるのです。
私が以前オンライン面接について講演をしていたところ、ある採用担当者から「カンペを見ている求職者を見抜くためにどうすればいいでしょうか」と質問を受けました。この質問は、求職者を攻略しなければならない対象として見てしまっているからこそ出てくるものでしょう。
求職者も書店で「面接・適性検査の攻略法」などという本を手に取ることはありますが、まさに企業を攻略対象と考えているといえるでしょう。
相手を攻略する力が高まることが企業・求職者の双方にとって幸せな採用につながっているのか。労働力人口が減少するこれからに向け、持続可能な考え方なのだろうか。このようなことを考えた際、互いを攻略し合う状況を生みかねない合致型の採用は、限界を迎えていると考えています。
だからこそ、採用に関する考え方をアップデートしていく必要があり、みんなで協力して良い採用プロセスを築く「共創型の採用観」を持つことが重要です。採用担当と現場が協力するのはもちろん、求職者や外部パートナーを含めて良い採用プロセスをつくるという発想が、ますます大切になるでしょう。
しかし、合致型から共創型の採用へ移行することは簡単ではありません。なぜなら、それぞれのステークホルダーの活動の性質が違っているからです。
例えば、採用側の価値観と現場の価値観や目的、手段は異なります。異質なもの同士がどう力を合わせていけるのか。難題に立ち向かううえで、前提として押さえるべき点は、採用自体をうまく進めるノウハウと、異質なステークホルダーと共同するノウハウは必ずしも一緒ではないということです。
採用経験が豊富なためスムーズに進められる人でも、すぐに共創型の採用を推進できるわけではありません。採用経験の多さと、価値観の異なるステークホルダーと共同できるかは別の話です。ここからは共同するためにはどうすればいいのか、そのヒントを考えていきましょう。
異質な相手を理解するための枠組み
異質なステークホルダーと一緒に「共創型の採用」を進めるうえで、まず大事になるのは、違いを知り、相手を理解することです。
現場や求職者、外部パートナーとヒアリングやディスカッションをすることで、自分たちとの共通点や相違点が見えてきます。「この考え方は自分とは違う」「見据えている目的が違う」「使っているツールや仕事の進め方が全然違う」など、自分とは違う点を知ることがはじめの一歩になります。
異なるステークホルダーを理解することは、採用するうえでもいい効果をもたらします。現場の理解を深めることでどのような人材が活躍するかが分かりますし、求職者を知ることで志望度を高める魅力付け(アトラクト)のヒントを得られます。外部パートナーの理解を高めると、採用に関するノウハウやマーケットの深い理解を得られるでしょう。
しかし、異なるステークホルダーを理解することは簡単なことではありません。そこで、異なる相手との共通点や相違点を理解するための枠組みの例をお伝えしたいと思います。
相手に関する理解を深めるためには「5つの要素」が大切です。次の5つを理解すると、相手の動機や背景の考えを理解できるようになります。
目的:何をしようとしているか
手段:目的に対してどうアプローチしようとしているか
分業:どのように役割分担をしているか
規則:何を大事にしているか、ルールはどうなっているか
成果:活動において何をなせばいいとされているか、成果は何か
この5つの要素をもとに、例えば、ある候補者群を例に考えてみると、候補者の置かれた状況や、何を動機に活動しているかが見えやすくなり、理解の整理がしやすくなるでしょう。
相互理解を深めるフォーラム
枠組みを用いて相手を理解することは始まりに過ぎません。異なる者が共同するためには実際のコミュニケーション機会を増やしていく必要があります。これを接触仮説といいます。
では、どのように接触を進めると、共創型の採用につながっていくのか。そこで役に立つ考え方が「フォーラム」です。フォーラムとは、異なる者同士がやりとりし、知識や資源を交換する場を指します。
フォーラムは、4つの点に注意しながら進めていきましょう。
a. オブジェクトを用いる
データや概念図など、一緒に見ることができる「オブジェクト」を持っていき、それらを介して話をすることで円滑にやりとりができるようになります。
「取りあえず集まりましょう」「まずは打ち合わせしましょう」と最初に場をつくりがちですが、コミュニケーション能力やファシリテーション能力が相当高い方でない限り、立場の違う方と話を進めるのはなかなか難しいことです。オブジェクトを活用しましょう。
採用に関連するオブジェクトの一例は、「労働市場に関するデータ」です。コミュニケーションのきっかけになりやすく、採用市況の厳しさを共有しながら一緒にどう採用を進めていこうかを議論することができます。
ほかに、「自社の採用に関するデータ」「採用プロセスの概念図」「自社採用ターゲットの定義書」もオブジェクトとして活用しやすいでしょう。
自分と違う価値観を持つ人や活動の性質が異なる人同士では、オブジェクトがコミュニケーションを円滑にする大事な要素になります。異なる人が一緒に見ることができるオブジェクトにより、お互いの境界を横断しながら話ができるようになります。面と向かって話をするだけでは煮詰まってしまう場も、より居心地がよくなります。
b. 関心を掘り下げる
相互理解を深めるためには、関心の前提となっているものを明らかにしていくことが大切です。どのような背景からの意見や考え、解釈なのかを知っていく必要があります。
例えば自社の採用データをオブジェクトとして活用して話をすると、「ここがうまくいっていないですね」「この部分には改善が必要では」など、ステークホルダーによって注目するところが全然違ってくるはずです。このとき、オブジェクトのどこに注目したのか、なぜそこに注目したのかまで掘り下げることで、相手が大事にしている価値観や関心事が見え、お互いの関心や知識の理解が深まります。
c. フォーラム間のつながりをつくる
自分とは違う価値観を持ったステークホルダーとのやりとりでは、漫然と「取りあえず会って話せば分かるだろう」と動いてもなかなか成功しません。だからこそ、フォーラムは一度きりではなく、複数回実施することが大事です。そして、各回のつながりを整理すると共同がうまくいきますので、あらかじめ場を設計していく必要があります。
具体的には、毎回冒頭で前回のフォーラム内容を振り返ったり、各回の目的や内容を定めたり、全体のなかで今はどのプロセスにいるのかなど、状況を整理したりすることが大切です。
d. アイスブレイクをする
異なる目的や考えを持っている人同士が一緒に価値観をつくっていくうえで、最初の関係構築はポイントです。「採用担当は、自分たちのことしか考えていない」「現場は全然分かっていない」などの偏見・思い込みが、共同を妨げてしまうのです。丁寧なアイスブレイクを行い、不安を緩和させていきましょう。
小さなグループワークを取り入れたり、初対面の人が仲良くなるようなワークを使ったりするなど、インターンシップや教育研修で活用している数分のワークを活用するのもよいでしょう。
共同を作り出す上位目標の設定
共創型の採用をつくるうえで、フォーラムという機会をきちんと設計してつくっていく重要性をお伝えしましたが、さらに共創を促進するもう一つの方法として、「上位目標を設定すること」があります。
異なる考えを持った集団同士が共同することの難しさを表した例として、1988年に発表された子どもたちのサマーキャンプを観察する研究論文があります。
この研究では子どもたちの利害が一致しないよう、約3週間にわたり集団間で賞品を競わせたところ、食事中にけんかしたり罵声を浴びせて大乱闘が起こったりしました。しかし、その後、両集団が協力しなければ達成できない上位目標を設定したところ、対立が解消していったのです。具体的には、「キャンプ場の水が出なくなる」「買い出しのトラックが動かなくなる」という事態を生じさせたところ、子どもたちは協力して何とか状況を変えていこうと動き出しました。
争いなどのコンフリクトを解消するときに重要なポイントは、「複数の集団が協力しないと達成できないような上位目標を設定する」ことです。一緒に頑張っていきましょうという目標ができれば、コンフリクトは解消していくのです。
では、共創型の採用を進めるうえで挙げられる上位目標には何があるのでしょうか。「人や組織の目指すべき状態」「ミッション・ビジョン・バリュー」「求職者ファースト」の3つのポイントを解説します。
a. 人や組織の目指すべき状態
もともと異なる活動目標を持った人同士でも、「心理的安全性の高い組織」など理想の人材像や組織像を考えて、上位目標として設定すると、協力しやすくなります。
b. ミッション・ビジョン・バリュー
上位目標の立て方として、ミッション・ビジョン・バリューが挙げられます。会社の理念や行動指針などを参照し、「このビジョンに近づくために共同していきましょう」と働きかけることができるでしょう。
c. 求職者ファースト
求職者を優先するスタンスも、上位目標として定めることができます。現場も採用も、「求職者のため」という目標のもとで協力できるようになり、それぞれの立場で何ができるのかを考えていきましょう、というアプローチも可能です。
繰り返しになりますが、「採用=マッチング」という発想では、採用力を高めたとしても攻略の力が高まるだけになってしまいます。企業、求職者、それ以外のステークホルダーにとってより良い採用とするために「共創型の採用」へのアップデートを、これからも皆さんと考えていきたいです。